『渇き』
それは罪なんかじゃない
とあなたは簡単に言うけれど。
あなたは本当に私を分かっているのかしら。
罰なんか必要無い
とあなたは軽く言うけれど。
この気持ちをあなたに分かって欲しい。
私は少し上手に育てられすぎた
と思うことがある。
ふと気付けば、
私の形は水のように柔らかくて
私の色は虹のようにいい加減で
私の重さは羽のように軽くて
私の存在は空気のよう。
空に浮かぶ雲。
水に浮かぶ泡。
人が見る、ひとときの夢。
「祐一さん」
敬語であなたを呼ぶたびに
私の心に甘美な痛み。
過去に縛られる愚かな私が
優しいあなたを柔らかく突き放す。
私の中に起きる小さな渦。
あなたを大切に思うから痛む。
私にまだ心があるから痛む。
多分私は
あなたの望むどんな人間にも変われてしまう。
ずっと、輝かしい「正しい子」でいすぎたから、
今でも自分で決めた「いい子」に頼っているから
自分を変えることに慣れてしまった。
私はひどいことをして、
次の自分を作り出した。
それが気に入らなくて、
また別の自分になった。
それはとても簡単で無責任な作業で、
私の中の誰に罰を与えていいのか、いつも迷う。
弟を死なせた私?
あははーっ、と笑っている、普段の私?
一人の時、ただ時間をやり過ごすために生きている私?
それとも…
あなたを好きになりかけている私?
誰を罰しても、他の私は傷つかない。
殻にへばりついて双眼鏡を構えた私が戯れに尋ねる。
「本当の私はどこにいるの」
私の一番奥にいる、一番冷めた真っ暗な私は答える。
「そんなもの、どこにもいないよ」
「始めからいなかったんだもの」
多分彼女は正しい。
私は変わりすぎたから
今さら後に戻ることも出来ないのだ。
それでも
それでも
私を分かって欲しい
叫びにもならない小さな願いが
ひっそりとうずくまって離れようとしない。
どこまでも変わって行けてしまう私の
何を分かって欲しいと言うの?
どこにもいない私を
どうやって伝えると言うの?
それでも、渇望はゆっくりと全身に染み渡って
隠しようも無い震えに変わっていく。
だから…
「祐一さん」
その痛みを手がかりにして、
私は探しに行こうと思う。
心の中に散らばる、まだ見ぬ本当の私のかけらを。
09/17/1999 Suikyo