とても作為的なまえがき

(さゆりん萌え〜)

えっと、脳から垂れ流れるままに書いたら、もう、中身ねーわ、 無駄になげーわで大変でしたが、そのままアップします。

(さゆりん萌え〜)

お約束として、舞の存在は綺麗さっぱり忘れて下さい(笑)

ただし、佐祐理シナリオは有効です。

でも、彼女のスーパーレディっぷりは多少落ちていると思って下さい。

(さゆりん萌え〜)

中身ゼロです。最初は没った名雪シリアスのネタを転用するはずが 最終的にそれは消えてしまいました。現在は、単に佐祐理さんへの 愛のリアルさだけを追求しております。いわゆる「仮想奥さん状態」 という奴です。

流星ネタにする気も、最初はありませんでした。いつの間にやら、 ごった煮SS化していました。

(さゆりん萌え〜)

壊れながら書いたため、一部野獣モードです(笑)

(さゆりん萌え〜)

WGでダークになった自分の精神安定を図るために書いたはずなのですが、 何だかかえって逆方向に壊れ始めた気もします。

(さゆりん萌え〜)

どうせなら、もう一つのネタであったリピドー全開ラブひな系 コメディ「へっぽこ佐祐理さん奮戦記」シリーズを書いてしまった 方が良かったかもしれませんが、コメディは難しいので却下。

(さゆりん萌え〜)

長い前置きですが、このぐらいアホな内容ですんで、どうか 期待せずに、ほげほげと読んでやって下さい。なお、一部報道 内容が意図的な毒電波に汚染されていることをお詫びします。

(さゆりん萌え〜)
(さゆりん萌え〜)
(さゆりん萌え〜)







『キスと、佐祐理と、たった一つの流れ星』






 2.4リッターのエンジンが奏でる静かなコントラバスの独奏がBGM。4本のタイヤが道路の継ぎ目を踏み越すたびに立てる軽いショックがリズム。
 佐祐理の運転する赤いキャバリエ・クーペに乗って、山々の間を抜けるハイウェイを二人行く。
 路側帯の標識が次から次へ飛んで行く向こうに、雲間を通して甘ったるい藤色に輝く早朝の空。
 広い視界に他の車はおらず、俺達だけでどこまでも走って行けるような気分だ。

 ウィンドウを少し開けて、昨夜の雨の匂いを残す冷たい空気を入れた。
 ルームミラーに映る佐祐理が、思い出したように言った。

「ちょっと残念だったね、祐一くん。雲が多くて、流星、沢山見られなかった」
「佐祐理は願い事言えたか?」
「はぇ〜、ぜーんぜん。あんなに早いんだもん」 革巻きのハンドルから離してすぼめた片手を、花火のようにぱっと開く。
「俺は言えたぞ。ちゃんと三回発音したからな」
「え、何お願いしたの?」
「あーっ、あーっ、あー…」
「ふふっ……あははーっ!」

 少し疲れが見え始めた目を細めて佐祐理は笑った。
 何て魅力的な笑みなんだろう、と俺は思った。首を回し、密かな感嘆を込めて傍らの女性を見やる。

 雪のように白く細い指。
 縁に東洋的な柄の刺繍の入ったインディゴブルーのスカートに、クリーム色の、素っ気無いぐらいにシンプルな厚手のセーター。
 豊かに流れる色の薄い髪はリボンでポニーテールにまとめられ、朝日を映して白く輝く。
 彼女の姿全体が、彼女自身の、飾らない、そしてエネルギーに溢れた魅力を引きたてている。

 結局、夕べの苦労はちっとも無駄ではなかった。
 そもそも俺達は、いっつも人一倍苦労する性質なのだ。
 だが、最後に俺達の気持ちを後押ししてくれたのは、あの星空だと思う。
 人間など歯牙にもかけずに誇り高く輝く星々。
 その中で、一瞬の命の輝きを見せる流星。
 まるで人生の縮図のようなあの空が無かったら、きっと俺達はこんなに満ち足りた気分でこの道を走っていないだろう。
 俺達が同じ光を放っているなんて、気付きもしなかったろう。



 流星を見に行こう、と言い出したのは俺だった。
 電話で佐祐理にそのアイディアを伝えたところ、こっちまで嬉しくなるぐらいのはしゃぎようだった。
 大学で会うと年上らしい所も沢山ある彼女は、俺にだけはそんな無邪気な面を見せてくれる。
 俺はそれが楽しくてたまらない。

 きっかけは雑誌の特集か何かだったと思う。
 星だの天文学だの、そう言うものにはまるで興味の無い俺だが、流星雨というイベントには惹かれるものを感じたのだ。
 恥かしくなるぐらい、わくわくするような想像。

 ――きらめく星空の下、恋人達が肩を寄せ合う。
 ――彼らを祝福するように天を流れる銀のしずく。

 ファンタジック。
 ロマンティック。
 夜空のどこを見れば良いのか分からなくて香里に聞いたら、思いっきり白い目で見られたものだ。

「あなたの視界に入る空の範囲なんて、流星物質が漂う空間の大きさに比べれば限られたものじゃない。どこ見ても同じよ」
「そ、そうなのか? じゃ、そういうコツみたいなのって無いのか」

 香里はため息を付いて、輻射点がどうとか、ストーム・コンポーネントのピークはヨーロッパに行かないと見れないとか呟いた後に言った。

「結論としてはね。暗いところに行って、早朝までずっと見ていることね」
「夜中じゃなくて?」
「基本的に、彗星が残したゴミが漂ってる所に、地球が公転軌道に乗って突っ込んで行くわけだから、昼と夜の境目にあたる場所が一番角度が良いの。垂直で。現実的には薄明が始まる直前がベストね」
「そっか」
「まぁゴミの方も移動してるから、簡単じゃないけどね――倉田さんと見に行くの?」
「う、ま、まーな」

 急激な話題の切り替えに、危うく飲まれそうになった。
 慌てて表情を取り繕う。
 俺と佐祐理の仲は半ば公然のものだったが、他人が思うほどは進展していないのだ。
 人と話していても妙に誤解されている面があって、こういうのは案外厄介なものである。
 今回のデートで、あわよくば一つ先のステップに進もう、という野心的な計画なので、そこら辺を上手く突っ込まれると、とんでもないボロを出してしまいかねない。
 それが佐祐理に伝わったりした日には……ブルブル、考えたくも無い。

「いいわねぇ、お幸せで」
「おう。だから協力してくれ。今度、何か奢るから。好きなもん言ってくれていいから」
「それは二股かけようという意思表示? 倉田さんに伝えてもいい?」
「ばーかーもーのー」

 俺は香里の頭にチョップを入れる。
 彼女はにやにや笑いながらそれをよけ、言った。

「それじゃ、うんと暗い場所を探すのね。見渡す限り街の光が入らないようなところ。それでいて視界が開けるところ」
「なるほど、そりゃそうだ。街中じゃ星は見えないからな」
「せめて、目に直接入る光は殆ど無い方がいいわ。で、どうせ肉眼よね。写真撮ったりしないでしょ?」
「ああ」
「ずっと見上げてると首が痛くなるわよ。レジャーシートでも持って行って、毛布かぶって二人仲良く寝転がってなさい。寝袋でもいいけど」

 その発言は少なからぬ衝撃を俺に与えた。

「なぬ!? 座って見たりするもんじゃないのか? 車のサンルーフとかは?」
「上方視界を出来るだけ広く取るのは、寝るのが一番。他に手は無いわ。サンルーフなんてあんな小さい窓、何の役にも立たないし。と言うわけで、思う存分いちゃいちゃ出来るわよ。まぁ、せいぜい声は小さめにね」

 香里はからかうような口調で言い、流石に俺も赤面するのを抑え切れなかった。

「あ、あのなぁ」
「冗談よ」
「ぐ…」
「条件の良い場所には、大抵、他のアマチュア天文マニアが寄り集ってるものなの。特にこんなイベントの時はね。プライバシーには期待しないで、大人しく流星を楽しみなさい」

 俺は無言で頷いた。その方がいい。
 確かに、非常に軟派なデート計画なのだが、何と言うか…バカップルにはなりたくない。
 そこら辺の微妙な心理は、分かる人は分かってくれると思う。

 香里は、またもや佐祐理に話を戻した。

「それにしても、倉田さんのどこにそんなに惚れたの?」
「――可愛い」
「はぁ〜?」
「頭がいい。顔がいい。性格がいい」

 勿論、そんなのは嘘だった。いや、全然嘘ではない(と言うか真実だ)が、それが主たる理由ではない。
 特異なプロセスを経て形作られた彼女との共感のリンクは、もはや一生切り離し難いものなのだ。
 説明は難しいが俺はそう考えているし、彼女も「祐一くんと離れるなんて考えられないよ」と――盛大に顔を赤らめながら――言ってくれる。

 が、こんな事を他人には言えない。

 香里も、俺が逃げ腰なのを悟ったようだが、今回は見逃してくれた。

「あたしは、どうもあの人ニガテなんだけどね。あの顔で『あははーっ』って笑われると、面白いように気力が抜けるのよ」 と、がっくりと頭を垂れて見せる。
「安心しろ。佐祐理が吸ったMPは俺に回ってくる仕組みなんだ」
「あら、相沢君が悪の大魔王なのね。大人しく勇者に倒されなさい」

 えーい、と香里は俺の頭にチョップを入れた。



 悪の大魔王と可憐な悪魔っ娘の星見ツアー。しかし、経過は惨憺たるものだった。
 スタートは午後11時。
 大学前で集合すると、彼女の真新しい赤いクーペに乗り込む。
 彼女は「保険の切り替え、忘れちゃったよ」と、舌を出して謝りながら笑った。
 つまり、任意保険の対象が家族のままなので、俺は運転を代わってやる事が出来ない。
 免許を取って1年半にしては無論、大した腕前には違いない佐祐理だが、最初から最後までとなると少々きついかもしれない。
 そこでまず、最初のケチがついたのだが、その時は二人とも気付いていなかった。

 こんな田舎なら、ちょっと郊外に出れば何とかなるだろうと思っていたから、別に下調べもせずに車を発進させた。
 まず街を出て、適当に隣町への道路を流した。俺が持ってきた数年前の地図を片手に、ポイントになりそうな場所を探す。
 だが、最近の道路は街灯が多く、見つけた路地に入っても散在する住宅の明かりが目に付く。
 ならばと近場の山に入ったが、今度はトンネルばかり。トンネル脇の旧道は暗かったが、切通しなので殆ど空は見えないというありさま。
 その空が、段々と曇ってきていた。それは文字通り、俺達のデートの雲行きを表しているように思えた。

 そうこうする内に午前1時になってしまった。
 どうやら、適当に走っただけでは良い場所は見つかりそうに無い。
 車を止めてマップランプを点け、改めて広げた地図の上で頭を突き合わせた。
 ページを繰ってそれらしい場所を探したが、実は近場には適当な場所がどこにも無いことだけが明らかになって行った。

「ごめんなー、佐祐理。俺、考え甘かったな」
「はぇ〜。そんな謝らないでよ。こうして、夜中にさまようのも楽しいし」
「はぅぅ」

 俺は感涙に咽んだ。何て嬉しいことを言ってくれるんだ!

「でも、次からはちゃんと計画立てようよね」
「……うっす」

 何だか俺もMPを吸われたような気がする。
 気を取りなおして地図に向かう。
 まず、人の住んでいる所は論外だ。そして、ただの山道も却下。明るいランプが付いている高速道路や有料道路が近い所も同様。

「や、待てよ。有料道路でも、何とかスカイラインとか付いてるところはイケそうだな」

 そうだ。あの類は街灯も無く、大抵は山の峰や峠を通るから視界も開けている。おまけに夜間はタダで通れる所も多い。
 もっとも、夜間通行止め、という場所も多い。

「ふぇ〜、でもこの辺には無いよ。高速で1時間ぐらい走れば一つあるけど、…ここって霧が出るとこだよね」
「ぐはっ」

 心の中で派手に吐血した。
 駄目だこれは。大失敗だ。
 俺が邪悪な想念の元に企画を立てたもんだから、バチが当たったのかもしれない。
 俺はすっかり後悔し始めていた。

 もう諦めて帰ろうか、と言おうとして顔を上げると、佐祐理は真剣な表情で地図を調べていた。

「あっ、これなんかどうかな?」

 急に彼女が顔を上げて言った。指は地図の一点を指している。
 俺は目を眇めて、そこの地名を読んだ。

「――なるほど、牧場か」

 牧場の中には勿論入れないだろうが、ロケーションとしては悪くない。明かりも無く、山の上に開けた場所。文字通りだ。
 ただ、今居る場所から、そこに至るまでの道のりが結構厄介だ。
 手近なI.C.から高速に乗って二つ目の出口を降りて、しばらく走ってから山道に入り、一つ峠を越えた、その次の山。
 一つ目の山を越えた向こうからは、ぐねぐねと蛇行する「白い道」である。
 佐祐理は気付いていないようだが、俺の持ってきたこの地図上で白く描かれた道とは、車一台程度の幅しかない砂利の山道である可能性を意味する。
 往々にして、ハンパな軽自動車では登る事も危ういような斜度を誇っていたりする道だ。
 ヘアピンのイン側の地面が轍を溢れた雨水で削られて崖状態になっていたりする道だ。
 カーナビが泣いて嫌がるような道だ。
 牧場の人間は、そこから先にある反対側の広い道を使うのだろうが、その道は余りに遠過ぎる。そちら側に向かうには山脈全体をぐるりと周る必要がある。

 佐祐理の顔を盗み見る。彼女は期待に瞳を輝かせていた。
 しかし、彼女は既に2時間も夜間に運転し、更にこの先のヘビーな道のりも彼女一人で2時間近くは運転しなければならない。それも往路だけの話だ。
 その後にも、こうやって明るい顔でいられるだろうか。
 正直言って、俺の心中は不安と失敗の予感で占められていた。
 だが一方、今、自分の言葉一つで彼女が俺に向ける輝きを失うのも嫌だった。

 …まぁ現場に行って、彼女が自分で諦めてくれるのが一番いいのかもしれない。

 俺は弱気にも、問題を先送りにする事に決めた。

「よし、じゃあいっちょ行ってみるか」
「そうしようよ。楽しみだねっ」

 嬉しそうにこぶしを握って、小さくガッツポーズをした。



 高速を降りたところのスタンドで店員に冷やかされながらガソリンを入れ、牧場目指して山道に入った。
 ライトをハイビームに切り替える。
 最初の登りはきちんと舗装されていて走りやすそうな道だった。
 佐祐理もキャバリエの排気量に任せて楽しそうに運転している。
 窓から路面を見下ろすと、コーナーの所々に車線を無視した放物線状のスリップマークが付いていて、普段はこの道をどんな人間が走るのかを教えてくれた。
 まぁ、多分佐祐理が混じっても歓迎してくれるだろう、と密かにほくそ笑む。あっという間にエースになったりしてな。

「祐一くん、何笑ってるの?」
「佐祐理なら時速100kmで次のコーナー抜けられそうだってね」
「ふぇ〜、出来るかなぁ…」
「本気にすなっ!」

 だが、トンネルを二つ抜けて一つ目の山の向こう側に出た辺りで、その余裕も無くなってきた。
 まさかとは思ったが、本当に未舗装の林道だ。
 しばらく土の路面の対向2車線道路が続き、やがて全く罪悪感を感じていなさそうな車線減少の標識と共に、それは砂利道の一車線に、そして更に細い土の路面になった。
 引っ切り無しに両方の窓に木の葉が触れるような道は、0.8車線と言った方が良いかもしれない。
 その上、林道の片側は崖になっている。落ちたら木々と潅木の中に5mは落下しそうだ。
 佐祐理は明らかに緊張しながらハンドルを握っていた。ちょっと進んでから止まると、言った。

「SDカードのSDって何の略だか、祐一くん知ってる?」
「免許取って1年無事故だともらえる奴だろ。セイフ・ドライバーだっけ」
「スーパー・デンジェラスの略なんだってぇぇ」 一気に目をうるうるさせる。
「だぁっ、佐祐理が壊れたーっ」
「ふぇぇ〜〜、だって、だって、こんなとこだと思わなかったよぅ〜……」

 ハンドルに両手と顎を乗せて、くすん、と鼻をすすった。
 俺は右手を伸ばして彼女の頭を撫でた。彼女はいやいやをするようにポニーテールを軽く振った。
 やっぱり世の中上手く行かないものだ。

「まぁ、これは確かにきちーやな。もう帰ろうか」
「駄目っ」 突然佐祐理は、きっとなってこっちを向いた。「大丈夫。慎重にやるから」
「いや、たかが流星だからさ。そんな頑張ってもらっても――」
「……祐一くんは見たくないの?」

 佐祐理の声に暗いものが混じった。
 俺はそんな彼女から視線をずらし、フロントグラスの向こうの得体の知れない暗闇を睨んで唸った。
 見上げれば、森の木々の隙間からどんよりとした雲が見えた。

 ぽつん、とフロントグラスに透明な花が咲いた。

「嘘だろ…」 俺は呆然と呟いた。雨が降ってきたのだ。

 段々と雨粒の量が増え、ワイパーが必要になってきた。
 ワイパーは、無言で俺を責めているように見えた。

 俺はひたすら、自分の無計画が申し訳無かった。
 それに結局のところ、流星を見よう、というアイデアすら、ちょっと気の利いたデートの理由に過ぎなかったのだ。
 佐祐理は、いつでもピュアな奴だった。
 そして、この状況。
 間抜けな話だった。

「ねぇ、祐一くん」

 佐祐理の手が伸び、俺の顎を回して自分に顔を向けさせた。
 真正面から俺を見つめる。

「私、行ってみたいよ。駄目かな」

 …こんな時に、こんな雨の中で、流れる星の光に何かを期待するのは間違いだろうか。
 人の営みに憧れるように、夜の闇に一瞬のきらめきを見せて燃え尽きる、彗星の残り香達に。

「ああ、俺も見てみたいよ」
「うん」 彼女は微笑んだ。「じゃ、頑張るね」
「それにしても、自分が情けないぜ、全く。18歳保険にしてくれりゃ、俺が運転できるのにな」
「ふふっ。ごめんね。さぁ、行くよーっ」



    ◇    ◇    ◇    ◇    ◇    ◇



 時間をかけて慎重に山を下り切り、水量を増したせせらぎを越えると、次は厳しい登りが待っていた。
 だが、佐祐理は既にその頃には『コツをつかみました』状態に入っており、スピードを出す事は出来ないものの、狭い道の上でキャバリエの車体を余裕を持って取り回すようになっていた。

「あははーっ、大丈夫だよ〜。道を作った人は、落ちるために作ったんじゃないもん」 少しはカーブで減速しろよ、と言った俺に、彼女は笑った。「通れるって分かっていれば、どう走れば良いかは分かるよ」
「そうは言ってもなぁ」 俺は苦笑する。
「本当に恐いのは、通れるかどうか分からない道だよ」
「お、意味深だね」
「そうだね。あははっ」

 雨は登りの途中でやんでいた。俺達は少しだけ希望を持った。
 やがて用途不明の小屋を通り過ぎると、道幅が広がった。木々がまばらになり、路面の土には、細い轍やトラクターの特徴的なタイヤの溝の跡が現れる。がたがたと車が揺れた。
 傾斜がゆるやかになり、ヘアピンカーブが無くなった辺りで一度車を止め、二人で車外に出た。

「ふぇ〜、まだ結構雲が多いね…」
「ああ」
「でも、とても沢山星が見えるよ」
「ああ」

 俺は呆けたように空を見上げていた。
 こんな星空は生まれて初めて見た。
 山頂方面を除けば、視界はほぼ360度に渡って開けている。そして、明るい。
 明るいのだ。
 星の光で。
 周りを見渡しても、他に光は一切無い。
 こんなものは見た事が無い。

 だが残念な事に、空の5割方を分厚い雲が覆ってしまっていた。
 雲の流れは蝸牛のようなスピードだった。
 俺はがっくりと首を垂れた。
 その瞬間、佐祐理が歓声を上げた。

「ああっ」

 俺は反射的に顔を上げたが、もう遅かった。先ほどと同じ空だった。

「見えたっ。見えたよ、流れ星っ。凄いね、祐一くんっ」
「ずっりーー、俺が目を逸らせた一瞬に」
「えー、見てなかったの? 勿体無いなぁ。じゃあ、さっさと頂上まで行こっか?」
「うっし」

 そこから5分も走ると、それらしい建物と、延々と続く柵が現れた。緩やかに広がる山頂には草が一面に生えていた。遠くに森の端が窺えた。
 砂利の敷かれた駐車場に車を止める。
 妙だと思ったのは、砂利の隙間から生える雑草が余りに多いことだった。
 良く見れば駐車場には水銀灯が立っていたが、それも点ってはいない。
 俺は、香里に言われて持ってきた赤いセロファンを貼った懐中電灯を鞄から取りだすと、売店とおぼしきボロ家の隣の、大きな建物に近付いた。

「……つぶれてる」
「ふぇ?」
「誰も居ないぜ、この牧場。俺達の貸し切り」
「はぇ〜〜っ、それは凄いねぇっ」

 倒産と、業務停止の張り紙が一枚、実に寂しげにはためいていた。
 日付がかなり新しい。だから、天文ファン達が居ないのだ。
 何てラッキーなんだろう。元の牧場主は気の毒だけど、感謝するよ。
 今までの右往左往が報われた気持ちだった。
 …もっとも、苦労したのは佐祐理だが。

「わぁ、どこに座ろう。迷っちゃうねーっ」

 当の佐祐理は何の疲れも見せず、両手にレジャーシートと荷物を抱えながら辺りを見渡して当惑していた。
 何だか少し興奮気味に見えた。
 俺は黙って荷物を取り上げ、言った。

「一番高いところ」
「そうだね、そうしよっか」 彼女は安心したように微笑んだ。



 信じられないほど美しい。

 俺達は、ただ素直に、単純に、星空という、この神秘の光景を受けとめていた。
 それは、苦労の報酬などという生易しいものではなかった。
 小さな人間の瑣末な行為などとは無関係に、余りにも美しく、それらはそこにあったのだ。

 漆黒の天蓋に瞬く、無数の星。
 その一つ一つが余りに小さいため、どんなに沢山あっても、必ずその間に暗い隙間が現れる。
 無限小の光源が、無限の数だけ散らばっているのだ。

 光源が最も集中する天の川は、殆ど雲のようになって、視界の端から端まで続いている。
 そこで星々が色とりどりに競って輝く様を眺めていると、何故だか自分がとてつもない贅沢をしているようで可笑しくなる。
 天の高みに確固たる位置を占めて昂然と輝く、数えても数え切れない王者達。
 それでいて、彼らが一斉にゆらぎ、瞬く様には、自分が大気の底に居る事を人間に納得させるだけのダイナミックな説得力があった。

 子供の頃の図鑑で見た、そして教科書で見た星空は、丸っきり嘘だった。

 それは魔法だからだ、と俺は思った。
 この星空は魔法なのだ。
 だから、写真になんて撮れっこないんだ。

 また一つ、星が流れた。
 あの美し過ぎる永遠の星空に比べたら、一瞬で燃え尽きる流れ星の方がまだしも庶民的に感じる。
 その、何が何でも光を放ってみたいという小さな意地のようなものが、そう思わせるのだろうか。

「はっけーん」 ポニーテールを解いて傍らに体を横たえている佐祐理が、物憂げに呟いた。「これで10個目」
「俺は9個目」

 最初の一つを見逃したので、俺は永遠に佐祐理に追いつけそうも無い。
 ある方角を見ていると、別の方角に流れた星を見逃しそうなものだが、実際は雲がさえぎってしまう部分があるので、星の広がるエリアは目を動かさずに全体を捉えられた。
 俺達は濡れた草地にレジャーシートを敷いて並んで寝転がり、持ってきた毛布をかぶって空を見上げている。
 腕を上げて時計を見た。
 午前3時を過ぎていた。香里の言う事が正しければ、これから一番数が多くなる時間帯だ。

 寒い風が吹いて、俺は毛布の下で身を震わせた。
 佐祐理は敏感に反応して、こちらを向き、囁いた。

「寒い?」
「ああ、ちょっとな。佐祐理は大丈夫か?」

 佐祐理はぎこちなく微笑んだ。
 俺はそれを、大丈夫、という合図に解釈して、空に向き直った。

 だから彼女がそっと抱き着いてきた時には、心底驚いた。
 余りに唐突な事で、声も出ない。
 心臓が、狂ったカンガルーのように飛び跳ね始めた。
 錆びついた首を回そうとすると、彼女は俯いた頬を俺の頬に合わせてそれを止めた。
 刺すような冷気にも関わらず、二人の頬は熱く火照っていた。
 二枚の毛布越しに、彼女の体温と肉体の重みが感じられた。

 神聖な沈黙を先に破ったのは俺だった。

「今日、大変だったよな」
「うん?」
「ごめんな、俺、甲斐性無くて。何時間も車運転して、大変だったろ」
「ううん、いいの。私、やりたかったから。保険だって、わざと変えなかったんだよ」
「ええ? これでも仮免の時は『加速だけは上手だな』って誉められたんだぞ」
「あははっ、それ、全然誉められてないよー」

 彼女は、くっくっ、と小さく肩を痙攣させた。
 耳にかかる息は、麻薬のように脳に染み込んでいく。

「でも、そんな理由じゃないよ。祐一くんが運転してたら、私、色々悪戯したくなっちゃうからなの」
「はぁ?」
「運転してたら、前ばかり見てるでしょ? それじゃ嫌だもの。振り向いて欲しくなっちゃうもの」

 何て可愛い事を言うんだろう!
 俺は自由な方の片手を回して、彼女の体を抱き締めようとした。
 だが、話には続きがあった。

「それだけじゃないよ。私達、始まりが凄くおかしかったよね。私にとっては凄く嬉しいけど、とにかく普通じゃなかった。本当は私が一弥を世界で一番愛してた、って祐一くんが教えてくれて、それで前に進めるようになって――罪は罪だから、後悔が消えたわけじゃないけど、それを正面から受け止められるようになって…、私は『佐祐理』じゃなくなって、祐一くんが『祐一さん』じゃなくなって」
「ああ。そう呼んでくれて嬉しかったぜ」
「本当に? 本当に嬉しい?」
「当たり前じゃないか」
「…私ね。今でも時々、意味も無く物凄く不安になる時があるの。本当に、どうしようもなくなっちゃうんだよ。何も出来なくなっちゃうの。おかしいでしょ」
「そんなの気にするなって。誰でもあることだろ。――そのために俺がいるじゃないか」

 最後の台詞はそれなりに勇気を出して言ったのだが、軽く流されてしまった。

「そう、辛くなると、そうやって今でも大好きな祐一くんに、べったり頼っちゃうの。結局、私、祐一くんのために何も出来てないんだよ。祐一くんが嬉しいはず無いじゃない」
「…それで自分で運転するって?」

 僅かに頭が揺れたのが感じられた。

「あはは、バカみたいだよねー。本当に」 自分で呆れたように言う。
「いや、そう言うんじゃ――」
「あのねぇ。私、憧れてたんだよ〜、ずぅっと。普通に、ごく普通に頑張ってするデート。ちょっとだけ遠出をしたりするようなのに。男の子と女の子が、どこかに遊びに行って、…そのぅ…、じゃれ合うようなのにね。私達、そういうのしてないなって思って。だから、今回は絶対に成功させたかったの。一緒に流れ星を見たかった。山の上で、どうしても行くって言った時、わがままな奴だって思ったでしょう?」
「思ってないって。むしろ、俺の方だよ。何しろ――」
「でもね――」
「だあっ! 話聞けって。勝手に突っ走るのは佐祐理の悪い癖だ」

 彼女はびっくりした様子で身を離した。暗くて良く分からないが、涙目になっているようだった。

「俺も、そんなデートにしようと思ってたんだよっ」 俺は言い放った。

 羞恥に顔に血が上った。星の光で、彼女に分かってしまっただろうか。
 だが、どうにも止められなかった。

「流星雨を見に行くなんて、面白いだろ。シャレてるだろ。佐祐理が喜ぶと思ってさ。喜んだ顔が好きだからさ。だから誘ったんだよ。それだけだったんだよっ」
「祐一くん?」
「適当に車流しゃOKだろうなんて、全然甘い考えでさ。延々さまよって、その間ずっと佐祐理は自分で運転してるしさ。エラい一生懸命やってるしさ。あーあー、笑っちまうぜ、本当。俺はバカな奴だと思って自己嫌悪の嵐だったんだぜ? それがどうよ? 結局同じこと考えてたって事かよ」
「あははっ、祐一くんこそ突っ走ってるよ…」
「わりーかよ」

 俺は拗ねてそっぽを向いた。
 佐祐理はクスクス笑い出した。笑いは次第に大きくなって、遂には声を上げて笑い始めた。
 不謹慎な笑い声は草原を渡って、夜の山中に響いた。
 空の星達が揺らめいたような気がした。
 どこかで鳥が鳴いた。

「あは、あははーっ! おっかしい〜。バカみた〜いっ」
「バカで悪かったなっ。大体、あんなすげぇ道で、夢中になってアクセル踏んでた猿はどこの誰だっ」
「あっ、ひどい! 猿は無いよーっ。そんな事言ったら祐一くんは狸。決定」
「俺のどこが狸だ、どこが?」
「意地悪なとこっ」
「なにー、俺がいつ、いじわ――」

 暖かい唇が下らない台詞を封じた。
 瞼を閉じると、しっとりとした感触が俺の意識に満ち、俺は夢中になってそれをむさぼった。
 彼女の応え方は、俺よりも激しいぐらいだった。
 俺達はただひたすら、お互いの唇をついばみ、柔らかさを味わい、唾液と舌を交わした。
 星の降る夜の草原に、無言のままの長いキス。
 濃密な会話に似たその行為は、互いの情熱が確かめられ、心が一つとなるまで熱心に続けられた。

 やがて、吐息と共に二人の唇が離れ、俺は目を開いた。
 上気した佐祐理の顔の背後に、一際長く流星が光った。
 俺はにやっと笑った。

「10個目」
「うあっ、ずるいっ」



 朝靄に包まれた、人影もまばらなサービスエリアに車を止め、俺達は車を降りた。
 肩を並べる自販機群に近寄り、熱い缶コーヒーを二つ買う。
 一本を佐祐理に投げると、彼女は両手で缶をはっしと掴まえ、次の瞬間「熱っ」と言って慌ててお手玉を始めた。
 その様子が面白くて、思わず笑ってしまう。
 彼女も照れ笑いを浮かべた。

 サービスエリアの建物に入り、適当なテーブルを選んだ。

「最後、ちょっと数が増えたよね」
「一分間に一個ぐらいは見えたな。流星『雨』って感じじゃなかったけど」
「でも面白かった。結局二人とも62個?」
「64じゃなかったっけ」
「そうかも。私、あんなに沢山流れ星を見たのって生まれて初めてだよー」
「それよりも、俺はあの星空そのものがスゲーと思うな。あんなものが存在するって事が不思議なぐらいだよ」
「そうだね。綺麗だったね〜」
「流星は一度に沢山見ると、何だかありがたみが薄れるような気がする。あれは、ふと見上げた夜空に、一つだけ、すーっと流れる瞬間が良いんじゃないかな。それが大切なんだよ、きっと」

 何の気無しに言った台詞に、佐祐理が軽く目を見開いた。
 俺は慌てて手を振った。

「わははは。柄じゃないよな」

 彼女は目を細めて、にっこり笑う。見た事も無いほど無防備な笑顔で。

「ううん。…素敵。……祐一くんは、私が見るたった一つの流れ星だね」

 ぐはぁっ、と俺はまたもや心の中で吐血。
 こういう殺し文句を素で言われて、舞い上がらない男がいるだろうか?
 いや、いない(反語)
 俺はテーブル越しに手を伸ばして、彼女の手をがしっと掴む。
 徹夜で疲れた頭の中は、既に野獣と化していた。

「さ、佐祐理っ」
「きゃっ」 彼女はたちまち頬を染めた。
「お前は何て可愛い奴なんだーっ」
「きゃーっ。祐一くん、人が見てるよーっ」
「じゃ、人の居ないところならオーケーだなっ」
「ち、ちがっ、ふぇ〜〜、許して〜〜」

 佐祐理は、テーブルを回って抱きついた俺の背中を、両手でぽかぽかと叩く。
 その適度な刺激が余計に俺を燃え立たせてしまうと言う事に気付いていないのだ。
 俺は欲望に任せて佐祐理の豊かな胸に顔をうずめ、エロ親父のようにゴロゴロと感触を楽しんだ。
 そして耐え切れずに片手をセーターの裾へ……

「あーん、祐一くん、ごめんなさいっ」

 パコンッ!

「あれ…」

 後頭部への衝撃と共に、急激に景色が遠のいて行った。
 薄れゆく意識の中、最後に見えたのは、どこから持ち出したのか食事用のトレイを構えた佐祐理が、小さく片手で謝っている情景だった。




 きょーくん、きょーくん:
   ちょっとイイ感じになったからって調子に乗ってはいけません



                  ちゃん、ちゃん♪ (⌒▽⌒;)



11/22/1999 Suikyo